デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉を聞いたことがある方は多いでしょう。しかし、その言葉の意味を深く理解し、実践している企業は少ないのが実情です。
DXは意味をはき違えてしまうと、ただのIT化やデジタル化にとどまってしまい、限定的なメリットしか得られない結果になってしまいます。
そこで本記事では、
DXの意味を分かりやすく解説
まずはDXの意味から見ていきましょう。
ITによって暮らしが豊かになること
DXとは、デジタル化によって生活やビジネスが変化することを意味します。
DXは2004年にスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授によって、以下のように定義されています。
ビジネス場面でのDX
一方で、ビジネスシーンでは、どのように用いられているのでしょうか。ストルターマン教授は2022年に定義を改定し、新しく3つの側面からDXを説明しています。その中で、ビジネス領域での定義がなされています。
民間のDX
デジタル トランスフォーメーション (DX) は、業界が価値、製品、サービスの提供を変革し、ビジネスの目標とビジョンを達成できるようにします。また、DX は、顧客により高い価値を提供するためにすることで、業界内の企業の全体的な価値を向上させることも可能にします。DX では 、業界の組織は、戦略、組織行動、組織構造、組織文化、教育、ガバナンス、手順など、組織のすべての要素を再設計して、デジタルテクノロジーの使用に基づいて最適化されたエコシステムを作成する必要があります。DXは、トップマネジメントが主導し、主導しながら、全社員が変革に参加することを求めます。A new definition of Digital Transformation together with the Digital Transformation Lab, Ltd.より一部抜粋して掲載
また経済産業省(2018)は以下のようにDXを定義しています。
「企業がビジネス環境の厳しい変化に対応、データとデジタル技術を活用して、顧客や会社のニーズを元に製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」
ビジネスに置いては、デジタル技術を導入することで、新たな収益源の創出、顧客体験の向上、効率的な業務の実現につなげることがDXであると言えます。また局所的なデジタル化に留まらず、企業文化、組織構造、ひいては業界全体を刷新することを意味しています。
企業文化、企業風土を変えるのは難しい
変化が激しい時代において、DXの必要性が叫ばれています。しかし、経済産業省DXreport2中間とりまとめ(概要)によれば、その実施状況は全体の5%であると報告されています。
新型コロナウイルスの感染拡大を受けた結果、DXが加速しているのではないかと期待されましたが、残念ながら顕著な状況改善は見られませんでした。多くの企業は現状を移り変わりの激しい時代にDXの必要性を感じつつも、実施までには至っていないことが分かります。
IT化やデジタル化との違い
DXと混同されやすい言葉として、IT化やデジタル化があります。それぞれの違いを理解することで、DXへの理解を深めることができるので覚えておくようにしましょう。
デジタル化
ITとはInformation Technologyの略称で、IT化とはアナログで行っていた業務をデジタルに刷新することを意味します。例えば、手紙でのやり取りをメールに移行するようなイメージです。
生産性や業務効率の改善など目的に、業務プロセスの一部にIT技術を用いること。
このように、どちらも局所的なIT技術の導入を指している言葉です。一方でDXは戦略や企業文化、取引先などより包括的にITを用いることを意味します。IT化やデジタル化はDXの一部ではありますが、似て非なるものであると覚えておきましょう。
なぜ必要なのか?導入のメリット
DXを導入するメリットは大きく3つあります。
生産性向上・業務の効率化
DXにより、業務プロセスを自動化・効率化を行うことができます。例えば、工場ラインでの業務であれば、自動ロボットアームを導入することで、人的リソースを削減することができます。また農業であれば、トラクターや田植え機の登場によって業務効率を高めることが可能です。
このように、DXにより業務の一部を効率化することで、生産性が高まり、収益性向上にも繋がります。
企業の優位性を高める
DXを導入することで、競合にはない付加価値を提供できます。デジタルを駆使することで、顧客へのアプローチが多様になるためです。
例えば、統計データで顧客の属性を明確にすることで、より顧客個人に合わせた商品やサービスを提供できます。現在ではLINEの登録など、顧客リストを集め、効率的に集客を行っている企業もあります。
また、デジタルは急速に人々の暮らしを変えます。SNSでは、TikTokなど数年前には流行っていなかったものが、急激にユーザー数が伸びることがあります。時代の変化に鈍感でいると、顧客獲得への機会損失に繋がる恐れもあるでしょう。
その他、アナログ業務を自動化し、生産性を向上させることで、企業の優位性を高める事もできます。ITへのリテラシーの高い業界であっても、
・集客経路
・業務効率
変化への適応力が高まる
DXを推進することで、時代の変化に柔軟に対応することができます。現代の特徴を表した言葉に「VUCA」と呼ばれるものがあります。VUCAとは、
Uncertainty(不確実性)
Complexity(複雑性)
Ambiguity(曖昧性)
の頭文字をとった略語です。つまり、現代は変化が激しく、不確実かつ複雑で曖昧な時代であるという意味です。
例えば、2020年に流行した新型コロナウィルスにより、多くのビジネスが新しい変化を要求されました。リアルでの交流が制限された中で、デジタル技術の重要性を体感した経営者も多いでしょう。
コロナウィルスだけではなく、現代は技術の進歩や災害、少子高齢化など様々な要素が関係し、様々な変化が起りうる時代となっています。
あらかじめDXを実施することで、ITに技術が進歩しても、柔軟に対応することができます。リアルで施策を打つ場合、コストや時間がかかる可能性が高まる傾向にあります。一方で、デジタルであれば、ネット上のみで完結するため、素早く対応かつコストも最小限に抑えられるでしょう。
DXを実施の課題
多くの企業がDXの実施に踏み込めていないのは、DXの実施には大きな課題が存在するためです。その課題は大きく4つあります。
①DX人材の不足
DX人材の不足が、DX推進の大きな課題となっています。DX人材とは、ITに精通し、事業を改変する知識や能力を有している人材のことです。IPA(2020)が発表した「DX推進に向けた企業とIT人材の実態調査」によれば、DX人材は6種類あり、
・アーキテクト
・データサイエンティスト/AIエンジニア
・UXデザイナー
・エンジニア/プログラマー
しかし、システム開発などの業務を外部に委託してしまうため、自社に列挙したDX人材が不足しているのが現状です。IPAのIT人材白書2019によれば、2018年の時点で、「大幅に不足している」「やや不足している」と回答した企業が合わせて92%にも及びます。
②レガシーシステムを変更できない
多くの企業は長年使い続けてきた、古いシステムを抱えています。これは「レガシーシステム」と呼ばれており、DX推進の障壁となっています。レガシーシステムは、
・技術の老朽化
・ブラックボックス化
長年使用されてきたシステムでは、様々な改変がなされ、複雑化していたり、古い技術を使い続けていたりします。また当初からの担当者が退職していることもあり、仕組がブラックボックス化しているケースも少なくありません。
JUAS のアンケート調査によると、約8割の企業が「レガシーシステム」 を抱えており、約 7 割が「レガシーシステム」が自社のデジタル化推進の障害になっていると 回答しています。
③経営戦略が不透明
経営戦略が不透明なまま、DX推進計画が頓挫してしまう可能性があります。明確な目的がなければ、DX推進が右往左往してしまい、不必要なコストを生む恐れがあるからです。また効果測定もできず、DXが成否を測る指標もあいまいになってしまいます。
中小機構(2022)の調査によれば、DX推進の課題と感じる点について、「具体的な効果が見えない」と回答した企業が24.3%と、3番目に多い項目となっています。
効果が見えないということは、事業のどの部分をDXすればよいか分からないと考えることもできます。言い換えれば、デジタルを活用した経営戦略が不透明であると言えます。DX推進を図るためには、まず明確な経営戦略やビジョンを持つことがから始めることが大切です。
④壮大な目標を掲げすぎる
DXの企業文化、戦略、風土などをITによって変革し、顧客に新しい価値を提供するとともに、自社の収益性を高めることであるとお伝えしました。
このように聞くと、DXは大きな変革であると捉える企業も少なくありません。そのため、数億の資金調達から始めたり、年単位で企画書を作成したりなど、導入までのハードルが高くなります。結果、DX推進の障壁となってしまうことも多くあります。
DXの実施方法と具体例
それでは具体的なDXの実施方法についてみていきましょう。
1.目的を明確にする
まずはDX推進の目的を立てましょう。前述の通り、経営戦略や目的が不透明な状態では、行き当たりばったりな推進となってしまったり、IT技術を導入するという手段が目的化してしまったりする恐れがあります。
DXを推進することで何を実現したいのかを明確にして、具体的な推進プランを立てましょう。生産性や収益性を高めたい場合には、具体的な数値で目標を定めると良いでしょう。
2.責任者の同意を得る
目的が定まったら、責任者に同意を得ることから始めましょう。既存の組織を改変するためには、責任者の許可が必要です。責任者の理解が得られなければ、資金や協力者を集めることができず、DXの推進が困難なものになります。
DXを活用することで、どのようなメリットがあるかプレゼンをし、経営陣や責任者の理解が得られるように尽力しましょう。経営層が抵抗を示す場合には、まずは試験的な実施を呼びかけるのも良いでしょう。
3.自社の状況を把握する
DXの実施に当たり、第一にすべきことは現状把握です。老朽化した技術や、既存システムの成り立ち、効率化可能な作業を洗い出しましょう。
4.デジタイゼーション
始めから大がかりな変革をする必要はありません。自社内のデジタル化から進めて行きましょう。業務の一部をデジタル化することをデジタイゼーションと呼びます。例えば、ハンコをなくす、紙を減らす、メールをクラウドでのやり取りに変えるなどが挙げられます。
すぐにでも取り掛かれる部分から、始めることでDX実施へのハードルが下がり、計画実行率が高まります。また局所的なデジタル化によって、生産性向上・業務効率化が得られれば、懐疑的な責任者や経営層にも徐々に信頼されるはずです。
5.デジタライゼーション
デジタライゼーションとは、IT技術を活用することで、業務プロセスの効率化を図ることを指します。デジタイゼーションの規模を大きくしたものと考えて良いでしょう。
例えば、RPA(Robotic Process Automation)を導入することで、請求書や見積書、Excel作業、メールの配信などを自動化するなどが挙げられます。
6.ビジネスモデルの変革
現状の業務プロセスでIT化を活用する習慣が根付いてきた段階で、経営戦略のDXにも取り組んで行きましょう。具体的には、顧客との信頼関係を構築するツールであるCRM(Customer Relationship Management)を活用し、顧客のセグメントや属性に合わせた訴求を行い、成約率を管理するなどの方法があります。
7.OODAループで改善する
OODAループとは、
・Orient(状況判断、方向づけ)
・Decide(意思決定)
・Act(行動)
具体的には観察のステップで、DXの結果を把握します。その後、状況判断、方向づけのステップで改善策を立て、すぐに意志決定・行動していきます。これらのステップを繰り返すことで、DXのフィードバックを行いつつ、不測の事態に柔軟に対応することが可能です。
DXの具体例
最後にDXの具体例を見ていきましょう。実際の事例を見ることで、自社にあった実施方法を見つける手がかりになります。
Rolls-Royce社の事例
Rolls-Royce社は2017年に機械学習、AI、データアナリティクスを利用して新たなサービスを生み出すラボである「R2 Data Labs」を発表しました。
これにより製品の設計、製造、運用、サービスにデジタルソリューションが導入され、生産性の向上、コストと市場投入までの時間短縮に成功しました。
さらに、デジタルソリューションから得られるデータを活用することで、新たなサービスを生み出し、顧客エンゲージメントを向上させ続けています。
コカ・コーラ社の事例
電子決済非対応の自動販売機でも、Coke-ONアプリを経由して一時的にインターネットに接続できる仕組みを作りました。これによって、初期費用やランニングコストを抑えることに成功しています。
また自動販売機の販売データを管理し、顧客情報を解析しました。年齢層や商品の売上によって、商品ラインナップや設置場所の最適化を図っています。
DXの導入により顧客にサービスを提供するだけでなく、業務の品質向上や効率化を行っています。
日刊工業新聞社の事例
ネット時代の到来により2003年には、経営危機にあった日刊工業新聞ですが、DXに舵を切ったことで大きな躍進を遂げています。
紙の新聞からデジタルコンテンツ中心の事業へ切り替え、事業間のシナジーや相互誘客、複数のキャッシュポイント生み出すなどマルチな稼ぎ方を組み合わせるビジネスモデルを展開しました。
DXで時代の変化に柔軟に対応しよう
DXへの導入に課題は存在するものの、ITが普及する流れは変えられません。また技術の進歩年々速くなっており、私たちの想像を超えるスピードで世の中は変化していくでしょう。
そのため、今後はDXを上手く推進できた企業がビジネス上、優位に立ちます。ITとの親和性を高め、移り変わりの激しい時代に柔軟に対応することが、安定した経営の鍵と言えます。
DXは一朝一夕で導入できるものではありませんが、簡単なものから取り組み少しずつDXの推進を行ってください。今からの取り組みが、将来の貴社の経営を大きく左右するかもしれません。